縁組とは?/ キャッシュワン
[ 1482] 戸籍の話(養子縁組)その1
[引用サイト] http://www004.upp.so-net.ne.jp/hitosen/dare/dare.yousi.html
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約30種類ある戸籍の届出の中で、届出件数からすると養子縁組届はそんなに珍しい届出ではありません。しばしばある届出なんです。 ただ、「実際に自分は養子縁組をしていなくて、そして過去にもそういうつもりさえもなくて、さらに身近に養子縁組をした、あるいはしようとしている人もいなくて、ようするにこれまでの人生で養子縁組に関してまったく関わり合いのない生活を送ってきた」という人にとっては、この養子縁組という制度はちょっと不思議な香りのする制度かもしれませんね。実は何を隠そう私がどちらかというとそういう人だったのです。今でも? その昔、日本にまだ「家制度」なるものがあった頃、婚姻というと、妻になる人がそれまでの戸籍から抜けて夫になる人の戸籍(夫の父、母、祖父、祖母、兄弟など一家の人がすべて一緒の戸籍です)に入っていくというものでした。いわゆる○○家の戸籍に入るということで、その○○家の人間になるというようなものでした。妻の姓も夫の姓(夫の姓というよりも夫の家の姓)になります。 そして、婿養子縁組という制度もありました(現在はありません)。これは、養子縁組と同時に婚姻も成立するというもので、養子になる人は男性に限られていて、妻になる人の父又は母がその男性を養子にするのと同時に、自分の子(女性)と婚姻させるものです。これによって、妻になる人がその家(その戸籍)から抜けることなく婚姻することができ、逆に夫になる人は、今までの戸籍から抜けて妻の家に入る(妻の家の戸籍に入る)のです。 上記の話は、昔の話ですので、現在は「家制度」などありませんから、家を継ぐための婿養子縁組という制度もありません。そもそも、現在はこのような「家」という概念が戸籍には存在しないのです。 現在では、養子縁組制度は「子の福祉のためのもの」になっています。(制度上はこうですが、実際には具体的に様々な理由で養子縁組をするのはいうまでもありません。) ズバリ「養親と養子との間に嫡出子親子関係を成立させるもの」とでもいいましょうか。もっと簡単にいえば、こういうと正確ではなくなりますが「親子関係を成立させる」のが養子縁組です。 自分の実の子でもその子が嫡出子でなければ養子にすることができる場合もあります。嫡出子なら自分の実の子を養子にすることはできません。 一口に養子縁組といっても様々なケースがあり、とても一口で説明できるものではありません。親子関係ではない2人(あるいは3人)が、実の親子関係と同じ親子関係になる、法定血族関係とでもいいましょうか、養親が死亡すれば、実子と同じように養子にも相続権が発生するわけです。 男女一緒に暮らしていてだれが見ても夫婦に見えるカップルも、婚姻届を届け出ていなければ、法律上は夫婦とはいえないし、もう別れるつもりでずっと別々に生活している夫婦でも離婚届を出さないうちは法律上はまだ夫婦です。 夫婦と子供が1人の3人家族で、誰が見てもその子供は夫婦の子供のように見えても、その子供は妻の前夫との子供で、現在の夫とは再婚の場合で、養子縁組をしていなければ、夫と子供とは法的な親子関係はありません。夫からみると子供は「妻の子」でしかないのです。 さて、養子縁組すると養親と養子の親子関係が成立するのはわかりましたね。それでは、その養子と養子の実の親との関係はどうなってしまうのでしょうか。 感覚的には、養親が親になるのだから、実の親との親子関係は消滅するのでは?と感じる人も多いことでしょう。たしかに、養子が未成年者なら親権は実の親から養親に移るというのはありますが、実の親との親子関係は消滅しません。実の親との相続権や扶養の権利義務は養子縁組をするしないに関係なくそのままです。 もちろん、養親から見れば、養子縁組は子が増えることになります。養子を迎え入れたら、それまでいた実の子との親子関係がなくなるわけではありません。 |
[ 1483] 養子縁組 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A4%8A%E5%AD%90%E7%B8%81%E7%B5%84
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養子縁組(ようしえんぐみ)とは、具体的な血縁関係とは無関係に人為的に親子関係を発生させることをいう。この関係によって設定された親子関係をそれぞれ養親(ようしん)・養子(ようし、女子の場合には「養女(ようじょ)」とも)と呼び、また養子から見て養親の家(又は家族)を養家(ようか)と呼称する。 いわゆる家父長制を基本とする家族制度を採用している場合は、家長の後継者を得るための養子縁組制度が必要となる。要するに家のための養子縁組である。古代ローマの制度はこのような制度であり、日本においても、日本国憲法の制定に伴い家族法が大幅に改正される前の養子制度は、基本的に家制度を維持するための制度であった(ただし、近代以前においてはその社会的身分において、強弱の差がある)。また、これとは別に近代以前の東アジアではより擬制的な親子関係の色が強い「義子」(中国)・「猶子」(日本)などの制度があった。 その後、ヨーロッパでは、中世に入ってから実際の血縁関係が重視されるようになったことに伴い、後継者を得るための機能を果たさなくなり、親のための制度としての機能を果たすようになる。つまり、子を養いたいという欲求を満足させたり、老後の扶養を得ることを目的とする機能を有するようになる。 それから19世紀中頃に入り、アメリカで、恵まれない子供に家庭を与えるための養子縁組制度、すなわち子のための制度が導入され、ヨーロッパでも第一次世界大戦により孤児が増加したことに伴い、子のための養子縁組に関する養子法制が導入されることになった。日本においては、日本国憲法制定に伴い改正された家族法が子のための養子という観点を導入したが、本格的な導入は1988年から施行された特別養子制度を待つことになる。 養子縁組制度が必要となる理由は以上のとおりであるが、法制度の建前はともかく、現実的には色々な事情により養子縁組がされるのが実情である。日本の場合に多く行われるのは離婚後の再婚に伴う連れ子の養子である。しかし、成年に達している者を養子にすることが法律上可能であることもあり(比較法的には異例である)、その他の場面においては子のための制度としてはあまり機能していない。具体的には、自己の孫を養子にすることにより相続税の節約を図る節税養子(ただし、税法が改正され、控除の対象となる養子の数は限定されている)や、男子に家を継がせるためのいわゆる婿養子などが行われている。 日本の歴史において、最初に現れる養子に関する法律は、唐の律令法の影響を受けて成立した大宝律令であると言われている。ただし、中国の宗族社会と違って、氏姓制度の延長上に成り立った日本社会では、中国の様な厳格な制限は設けられず、一定の年下の者であれば養子縁組は比較的簡単に許された。このため貴族社会においては、家の継承に加えて、高官が優秀な孫や庶流・傍流出身者を養子に迎え、蔭位制度を活用してその出世を助ける事で、結果的に一族の繁栄を図ろうとするための養子縁組が多くなった。また、時には遠い親戚や異姓出身者を養子にする者もあった(中国では少なくとも建前としては、他姓の養子は礼制に反すると強く戒められている)。また、平安時代までは「養子」とより擬制的な要素の強い「猶子」との区別は曖昧であった。両者の分離が進むのは、中世以後の事である。 当時の養子縁組の代表的な例として摂関家を例に取ると、仁寿年間に文徳天皇の義父として権力を振るっていた正二位右大臣藤原良房に男子がいないために、長兄で正三位参議であった長良の三男・基経を養子に迎えた。その結果、基経は養父の蔭位によって17歳の若さで蔵人になった一方で、長良の子としてそのまま育ったその同父母兄弟は、兄・国経が31歳、弟・清経は32歳になってやっと蔵人に到達したのである(ちなみに基経は30歳前に参議に到達している)。更に良房が摂政・太政大臣に登り詰めたのに対して、長良が権大納言で死去したために、その出世の格差は広がるばかりであった。異姓の養子の例としては、姉婿である藤原頼通の養子となって後の村上源氏繁栄の基礎を築いた源師房(村上天皇の孫である資定王)などがいる。 そのため、上級貴族は少しでも子孫にとって優位な出世をさせるための養子縁組を次々と組むようになっていく。極端な例としては、同じく摂関家の藤原忠実とその子・孫のケースが挙げられる。忠実の長男・忠通に男子が出来なかったために、忠実は自分が寵愛していたその弟の頼長を忠通の養子にさせた。その後、忠通に実子が生まれて忠実・頼長と忠通が不仲となると、頼長の息子である師長を早く出世させるために、忠実は師長を自分の養子にして蔭位の便宜を図った(ちなみに当時の序列では頼長(正二位)<忠実(致仕従一位)<忠通(従一位)であった)。この結果、師長から見て忠通は本来の系譜上の伯父というだけでなく、同時に祖父でもあり兄でもあるという大変ややこしい事態が生じたのである。 やがて、鎌倉時代後期以後になると、家督と所領の一体化が進んで嫡子相続が一般的になるにつれて、家の存続を最優先とした養子縁組が行われるようになる。特に武士では、当主に男子がいない場合、あるいはいても幼少の場合に、主君への忠勤を尽くせない事を理由に所領没収などの事態を避けるため、養子縁組を行う事が一般的となった。 娘に夫を迎えて養子とする婿養子、大名が参勤交代などの折に万が一の事態があった場合のために予め届け出る仮養子(家臣が重大な職務に当たっている場合などには、同様に心当養子を主君に届け出る義務があった)、そして大名・家臣が急に危篤になった場合に出される末期養子などがあった。 江戸幕府は当初は様々な養子規制を設けたものの、慶安事件をきっかけに末期養子を解禁し、享保18年(1738年)には当主か妻の縁戚であれば浪人・陪臣でも養子が可能とされた。このため、養子の規制が次第に緩くなり、江戸時代後期には商人などの資産家の次男以下が持参金を持って武家に養子に行って武士身分を得るという持参金養子が盛んになり、士農工商の建前を崩壊に導いていった。一方、商人・農民などの庶民間における養子縁組は、証文のやり取りだけで縁組も離縁も比較的簡単に可能であり、「家名の存続」よりも「家業の経営」を重視した養子縁組が行われるケースが多かった。現在でも相撲部屋では、親方が有力な力士に娘を嫁がせて養子とし部屋の後継者にする例が多い。 明治以後になると「家」を社会秩序の中心に置く家制度が全ての階層に広げられた結果、養子縁組も家制度の維持という観点で行われる事が多くなった。それが大きく変わるのは戦後の日本国憲法制定に伴う民法改正以後のことである。 契約型とは、養親となる者と養子となる者の契約により養子縁組を成立させる形態であり、スイスやオーストリアなどで採用されている。また、ドイツやフランスでも以前は契約型が採用されていた。 契約により養子縁組が成立するとは言っても、養子となる者が幼少である場合などは自ら有効に縁組契約を結ぶことは不可能なので、そのような場合は法定代理人などが代わって縁組の承諾をすることになる。 日本では、養子となる者が15歳未満である場合は法定代理人が養子となる者に代わって縁組の承諾をする(代諾養子)。 日本では、未成年者を養子とする場合は、自己又は配偶者の直系卑属を養子とする場合を除き家庭裁判所の許可が必要となるし、後見人が被後見人を養子とする場合も、家庭裁判所の許可が必要となる。 決定型とは、公的機関の宣言によって養子縁組を成立させる形態であり、多くの場合、養親となる者の申請に基づき裁判所が養子決定をする形態を採る。英米法を基礎とした国や現在のドイツ、フランスなどで採用されている。日本では、民法817条の2から817条の11までに規定されている特別養子がこれに該当する。 養子縁組によって養親と養子、養子と養親の血族の間に法定血族関係が生じることとなる。 また養親と養子の元々の血族との間には法定血族関係は生じず、縁組み後に養子に生じた血族と、養親及びその血族との間には法定血族関係が生じる。 養子縁組が成立した場合に、養子とその実親との間の親族関係が終了するかどうかについても立法例が分かれる。親族関係が終了する制度を採用する場合は、養子と実親の一方が死亡した場合、他方は遺言による場合等を除き相続権を有しないことになる。ただし、親族関係が終了するとしても、近親婚を避けるための措置が採られることが多い。 この項目は特に記述がない限り、日本国内の法令について解説しています。また最新の法令改正を反映していない場合があります。ご自身が現実に遭遇した事件については法律関連の専門家にご相談ください。免責事項もお読みください。 特別養子縁組とは、養子が、戸籍上も実親との関係を断ち切り、実子と同じ扱いにした縁組(第817条の2〜第817条の11)。貧困や捨て子など、実親による養育が困難・期待できないなど子の利益とならない場合に、養親が実の親として養子を養育する(いわゆる藁の上からの養子)ための制度として、1987年に新設された制度。このため、戸籍上は養親との関係は「長男」などの実子と同じ記載がされ、養子であることがわかりにくくなっている。 もっとも、第817条の2による裁判確定に基づく入籍である旨は記載され、戸籍を遡ることにより実父母が誰であったか知ることができるようになっており、養子の出自を知る権利や近親婚の防止に配慮してある。 普通養子縁組の場合は、当事者の合意に基づき、戸籍法の定めるところにより行う届出が必要である(第799条、第739条準用)。養子は15歳以上であれば実父母の意思と関係なく縁組が可能であるが、15歳未満の者を養子とする縁組の場合は法定代理人による代諾と監護権者の同意が必要となる(代諾縁組、第797条)。なお、この時の監護権者の同意とは、実父母が監護権者の場合のみ要するのであって、実父母以外の者が監護権者である場合には不要となる。 特別養子縁組の場合は、家庭裁判所の審判によらなければならない(第817条の2)。また、実父母との関係がなくなるため、原則として実父母の同意が必要である。もっとも、病気などで実父母が意思を表示できないときや、虐待・育児放棄など子の利益を著しく害する場合は、実父母の同意は不要である(第817条の6)。 普通養子縁組の場合は、原則として当事者の意思により自由に縁組できる。しかし、養子が未成年者である場合は、養子が自己又は配偶者の直系卑属(自分の孫や配偶者の連れ子など)でない限り、家庭裁判所の許可が必要である(第798条)。婚姻時に配偶者の連れ子がいる場合、養子縁組をしない限り法的には自分の子とはならない。 養親となるには、成年者であればよく(第792条)、未婚者でもよい。ただし、養親となる者に配偶者がいる場合は、未成年者との養子は配偶者ともに縁組をすることが、成年者との養子は配偶者の同意を得て縁組することが必要である(第795条・第796条)。 特別養子縁組の場合は、父母による監護が著しく困難または不適当などの特別の事情があり、子のために特に必要でなければならない(第817条の7)。 養子となるには、家庭裁判所に養子縁組の審判請求をする際に6歳未満であることが必要である。ただし、6歳前からすでに養親となる夫妻にすでに監護されている場合は、請求する際に8歳未満であればよい(第817条の5)。これは、養親が実親として育てることが予定されている制度であるため、子に物心がついていないことが必要だからである。 養子は養子縁組をもって養親の嫡出子たる身分を取得する。 よって、非嫡出子と養子縁組をすることによって法律上嫡出子とすることが可能である。 養子縁組によって養親と養子、養子と養親の血族の間に法定血族関係が生じることとなる。 また養親と養子の元々の血族との間には法定血族関係は生じず、縁組み後に養子に生じた血族と、養親及びその血族との間には法定血族関係が生じる。 日本の場合、普通養子の場合は実親子間の親族関係は終了しないのに対し、特別養子の場合は親族関係が終了する。 養子縁組の解消には、養子縁組に瑕疵がある無効・取消の場合のほか、有効の縁組を将来的に解消する離縁がある。縁組の無効は、はじめから当然に養子縁組の効力が生じないが、縁組の取消と離縁は、一旦有効に生じた養子縁組が当事者の意思表示により縁組を解消する効力を生じる。 養親が未成年者である場合(第804条) - 養親または養親の法定代理人が、家庭裁判所に縁組の取消を請求。養親が追認した場合と成年になって6ヶ月が経過した場合は、取消の請求はできない。 家庭裁判所の許可なく、後見人が被後見人を養子にした場合(第806条) - 養子または養子に実方の親族が、家庭裁判所に縁組の取消を請求。養親となる後見人による管理の計算終了後、養子が追認した場合と6ヶ月が経過した場合は、取消の請求はできない。 配偶者の同意なく縁組した場合(第806条の2第1項) - 同意していない配偶者が、家庭裁判所に縁組の取消を請求。同意をしていない配偶者が、縁組を追認した場合と縁組を知ってから6ヶ月を経過した場合は、取消の請求はできない。 監護権者の同意なく縁組した場合(第806条の3第1項) - 同意していない監護権者が、家庭裁判所に縁組の取消を請求。同意をしていない監護権者が縁組を追認した場合と、養子が15歳になった後に追認した場合ないし6ヶ月を経過した場合は、取消の請求はできない。 配偶者・監護権者が詐欺または強迫によって同意をさせられた場合(民法806条の2第2項、民法806条の3第2項) - 同意をした配偶者が、家庭裁判所に縁組の取消を請求。同意をしていない配偶者が、詐欺を発見または強迫を免れてから、縁組を追認した場合と6ヶ月を経過した場合は、取消の請求はできない。 家庭裁判所の許可なく未成年者を養子にした場合(民法807条) - 養子、養子の実方の親族、養子に代わって縁組の承諾をした者が、家庭裁判所に縁組の取消を請求。養子が追認した場合と成年になって6ヶ月が経過した場合は、取消の請求はできない。 特別養子縁組の場合は、子の利益のためになされた縁組であるため、協議離縁はできない。例外的に、養親による虐待、悪意の遺棄その他養子の利益を著しく害する事由があり、かつ実父母が相当の監護ができる場合で、養子・実父母・検察官のいずれかの請求があり、家庭裁判所が養子の利益のために特に離縁の必要があると認める場合に限り、家庭裁判所の審判による離縁が認められている(第817条の10)。 この「養子縁組」は、法分野に属する書きかけ項目です。この記事を加筆・訂正などして下さる協力者を求めています(P:法学/PJ法学)。 |
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