九州とは?/ キャッシュワン
[ 887] 九州 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B9%9D%E5%B7%9E
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この項目では日本の九州地方について説明しています。中国の九州については九州 (中国)をご覧ください。 九州(きゅうしゅう)は、日本の南西部に位置する島である。日本で3番目に大きい島で、世界の島の中では第36位の大きさ。 詳しくは、九州とその周辺については「日本の地理#九州」を、南西諸島については「日本の地理#南西諸島」を参照すること。 中央に九州山地が形成されている。その中核をなす阿蘇山は東西18km、南北25kmにも及ぶ世界最大級のカルデラを持つ。九州の地形は大きく3つに分けることができ、北部は比較的なだらかな山地、南部は白亜紀から第三紀にかけて生成された付加体であるため北部とは全く異なった地質であり、比較的険阻な山地になっている。また、中部は数十万年前まで瀬戸内海の延長の海で分かれており、それが阿蘇山の数回にわたる噴火によって溶岩で埋まり、一つの島になった。 九州地方は、日本の地域の中では小笠原諸島に次いで温暖な地域である。奄美諸島以南の地域と、トカラ列島以北の地域では気候が大きく違う。 トカラ列島以北の地域は、夏は暖かく降水量が多く、冬は寒く降水量が少ない、という気候が見られる。域内の南北で大きな気温の差は1〜2℃ほどと少ししかない。ただし、阿蘇山・祖母山などの九州山地の高地や山頂では気温は低く、真冬日が続き積雪も多い。特に、山頂では稀に-20℃前後まで下がることがあり路面凍結などが多発する。 南部の太平洋沿岸に当たる宮崎県・鹿児島県は、夏に降水量が多い太平洋側気候で、台風の襲来も多く、鹿児島県は1951年以降の台風上陸数が日本一である。夏から秋にかけて台風の影響を受けるため「台風銀座」と呼ばれる。 北部の福岡市など玄界灘沿岸は日本海側気候で、冬は降水量が比較的多いが、年間降水量が少なく、曇天が多いなど山陰地方と似た気候が現れる。しかし、積雪は山陰地方と比べて少なく、わずか5cm程度でも大雪とみなされ交通機関が麻痺する。 奄美諸島を含む奄美諸島以南の地域は南西諸島気候で、大東諸島を除き、どの島でも年間降水量は2,000mm以上と多い。年間の気温の差が小さく、1年を通して気温が高い。また1日の気温の差も小さい。台風の襲来が多く、時々強い台風が襲来して被害をもたらす。 「九州」とは、本来は、西海道のうち筑前国・筑後国・肥前国・肥後国・豊前国・豊後国・日向国・大隅国・薩摩国の9国の総称。九国(きゅうこく、くこく)とも呼んだ。したがって、元来の意味では九州に対馬国・壱岐国・奄美諸島・琉球諸島は含まない。 ただし、奄美は明治になって大隅国に編入されたため、九州に含むとも言える。上記9国とともに対馬・壱岐を含む西海道は、九国二島、九州二島とも呼んだ。他に鎮西とも呼ばれていた。 廃藩置県・府県合併以降は、福岡県、佐賀県、長崎県、熊本県、大分県、宮崎県、鹿児島県の7県を指して九州地方とされ、対馬・壱岐・奄美諸島を含む。 沖縄県は基本的には九州地方に含まれないが、これも含んで九州地方とする場合や、あるいは合わせて「九州・沖縄地方」と呼ぶ場合もある。また、本州に位置する山口県は基本的には中国地方に区分されるが、九州本土に近く歴史的な縁の深いこともあり、山口県を含んで九州地方とする場合や、合わせて「九州・山口地方」と表現する場合もある。 九州を大きく二つに分けると、北部九州と南九州に分ける場合と、東九州(日豊)と西九州(筑肥)に分ける場合がある。また、北部九州と南九州の中間となる地域を中九州ということもある。ただし、これらの地域区分は使用される側によって大きく変化する。中世には少弐氏、大友氏、島津氏の守護任国に応じて三前(豊前・筑前・肥前)、三後(豊後・筑後・肥後)、三奥(日向・大隅・薩摩)という区分もあった。 詳細は各項目を参照。 古代では、九州本島は筑紫島と呼ばれていた。古代の行政区画で西海道にあたり、はじめ筑前国・筑後国・豊前国・豊後国・肥前国・肥後国・日向国の7国と島嶼部の壱岐国・対馬国の2国。824年以後は大隅国・薩摩国を加えた本土9国島嶼部2国となった。また、現在の太宰府市には対外的な窓口および西海道の統轄として大宰府が設置された。 中世には、博多が中世都市として栄える。摂津国の渡辺氏の分流の松浦氏の一族や、藤原純友の乱において勲功のあった大蔵春実、橘公頼などの子孫が土着し、在地の豪族となる。 平家の勢力圏であり、九州の武家は平家方に属したが、源平合戦の趨勢から菊池氏や松浦氏をはじめ諸氏は源氏方に寝返り、鎌倉幕府の鎮西御家人となり地頭に補任される。 しかし、九州の武家は親平家方であったため、源頼朝は「戦後処理」として、九州の在地武家を抑えこむため、新しく東国御家人の少弐氏や島津氏、大友氏を守護として九州に送り、これらの「下り衆」が勢力を強め、菊池氏や松浦氏、秋月氏などの在地の武家を抑え、その後の九州の武家の中枢となる。 1333年に京都において後醍醐天皇が元弘の変で蜂起すると、少弐氏や大友氏などが鎮西探題の北条英時を攻撃する。鎌倉幕府が滅亡後に後醍醐天皇の建武の新政が成立し、後に足利尊氏は新政から離反し、尊氏は京都での戦いに敗れて九州へ逃れる。少弐氏らは尊氏を迎え、宮方の菊池武敏らを多々良浜の戦いで破る。尊氏は九州で体勢を整えた後に一色範氏・仁木義長らを足利勢力として残し、京都に上り、室町幕府を開く。 後醍醐天皇は吉野(奈良県)に逃れて南朝を開き、宮方の武将に自身の皇子を奉じさせて各地で南朝勢力の集結を呼びかけ、九州には懐良親王が宇都宮貞泰に守られて派遣され、菊池氏に奉じられる。懐良親王は明から倭寇鎮圧の要請のために派遣された使者を迎え、「日本国王」として冊封されて明の権威を背景に勢力を広める。また、足利家では観応の擾乱と呼ばれる内紛が発生し、尊氏の側室の子である足利直冬が九州で尊氏と敵対して戦う。 中央では南朝勢力は衰微し、幼い3代将軍足利義満を補佐した細川頼之が今川貞世を九州の南朝勢力討伐のために派遣すると懐良親王も博多、大宰府を追われ、貞世の働きで九州の南朝勢力は鎮圧される。貞世は九州で独自の勢力を築いたため義満に排除され、その後は大内氏が台頭する。 第二次産業では、1960年代までは鉱業(石炭採掘)が盛んであったが、炭鉱の閉山後は代わって電子、鉄鋼、化学工業などが盛んである(北九州)。交通や輸送の要所に沿って、効果的に工業地域が並んでいる。また、北部の主要都市沿岸では造船が盛ん。 特に、IT産業が工業の要になっており、世界シェアの1割を占める「シリコンアイランド」と呼ばれている。また、福岡県北九州・筑豊地方や大分県中津市周辺などではトヨタ自動車、日産自動車、ダイハツ工業など自動車メーカーの工場の立地が進み、濃尾地方に次ぐ国内の自動車製造拠点となり、先に「シリコンアイランド」と呼ばれていた経緯から「カーアイランド」と呼ばれるようになっている(台数ベース世界シェアは1.9%)。 位置的に朝鮮半島や中国、東南アジアなどに近く、特にアジアとの貿易や輸送が盛んである。実際に、関門地方や福岡市からでは、東京都よりもソウル(韓国)の方が近い。 野球:福岡ソフトバンクホークス(日本プロ野球パシフィック・リーグ)、福岡レッドワーブラーズ、長崎セインツ(四国・九州アイランドリーグ) ラグビー:福岡サニックスブルース、コカ・コーラウエストレッドスパークス、九州電力キューデンヴォルテクス(ジャパンラグビートップリーグ) バレーボール:大分三好ヴァイセアドラー(プレミアリーグ男子)、久光製薬スプリングス(プレミアリーグ女子) |
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