寄付とは?/ キャッシュワン
[ 199] [R30]: 寄付する前に立ち止まれ
[引用サイト] http://shinta.tea-nifty.com/nikki/2005/01/donation.html
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大規模な災害が起きている横で冷ややかな口調でこういう話をすると、必ず「たくさん苦しんでいる人がいるのに不謹慎だ」みたいな反応が返ってくるので嫌なんだけど、不思議とそういう議論をする人があまりいないようなので、ちょっと書いておく。 災害などは特にそうだが、不幸なことが起きると必ずあちこちで寄付を募る活動が始まる。渋谷や新宿などでは、「何年前の出来事だよ?」と思うような災害についての募金や署名運動をやっている人もいる。そばを通り過ぎる時に、胡散臭いと思いながらも「もし彼らが本当に困っているのだとしたら?もしそうなら、無視して通り過ぎる自分はなんて薄情な人間なのだろう」と良心が痛んだことのない人はいないだろうと思う。 逆に、ネットの中を見渡すと「苦しんでいる人のために寄付をお願いします!祈って下さい!」みたいな書き込みやウェブサイトもあちこちにあって、流石に寄付先は赤十字とかユニセフとかの「信頼の置けそうな団体」ではあるのだが、ネットの世界は広い。探し始めたら困っている人はゴマンといて、寄付し始めたらいったいいくら、どの範囲まで寄付すればいいのか、分からなくなってしまう。 とはいえ、突然著作権料が数千万円手に入る見通しになった「電車男」でもあるまいし、一庶民たる僕らが自分の暮らしに不都合のない範囲で出せる金なんて大した額じゃない。「寄付したってどうせ数百円とか数千円、災害に遭った人たちが必要な額のお金からすれば微々たるものなのに…それでも寄付する偽善の方がしない偽善よりいいのだろうか?」と悩む人もまた多いだろうと思う。 感情論のレベルで「寄付すべきか?それともこれは偽善か?」と自問していても答えなんか出ない。それより自分の良心も納得させることができ、かつあらゆる寄付お願い攻撃から身をかわす方法を、ちゃんと普段から考えておくべきだと思う。 みかまま氏も日記で述べているが、寄付というのは本質的に「“公共のためのお金の使途”を一部、自分で決める行為」である。カミサンがお友達と忘年会に行ったり新しい洋服を買うお金をねだられて出す行為は、そのお金がカミサンの「私益」に使われるので当たり前だが寄付とは呼ばない。見知らぬ他人にお金をあげるとしても、道ばたの物乞いにコインを恵んであげるのは(宗教的行為としての)「喜捨」であって、「寄付」ではない。このあたり、きちんと区別されていないようだが。→「喜捨」「寄付」 税金という形で政府が集めて公共の利益を再配分するのに代わって個人が公共の利益を考えて自分の収入を配分するのだから、たいていの先進国では(範囲の大小は違えど)寄付に対して「税の減免」なる制度が存在する。日本にも(非常に狭くて厳しいが)もちろんある。詳しくはこちらをどうぞ(寄付金控除)。 自分が、ゲームソフトやお菓子を買うのと同じ感覚で、「ちょっといいことしたな」と思いたいだけのために他人にお金を渡しましたと言うのでなければ、「公共の利益のために個人の負担金から支出しました」と、きちんと主張すべきだと僕は思う。主張というのは、「口に出す」という意味ではなく、ちゃんと寄付した相手の団体から領収証をもらって、税務署に提出するという意味だ。 自分の拠出する公共のための負担金は、自分で使途を決めるというのは、とても大切な考え方だと思う。なぜなら、それこそスマトラ島沖地震の被害が良い例だが、中央政府や地方自治体に「税金」というかたちでお金を渡しても、彼らは国際社会全体に目を配った「公共の利益」までは考えが及ばず、せいぜい自分のいる地域や国の中の「公共の利益」だけにお金の大半を費やして終わってしまうからだ。 かと思えば、dai-rol氏が言及しているように、結局のところ国が支出する災害救援資金というのは、多かれ少なかれ国際政治の具として使われる。世の中、そういうもんだよと思う人はそれでいいと思うが、いやそれは嫌だよと思う人は、自分で自分のお金が被災地に届くルートを決めればいい。そのルートを決めるためには、税務署に申告しなければ無意味(自分で払った上にさらに政府に召し上げられる税金額も変わらないから)。 でもさ、たかが数百円とか数千円とかのお金を寄付するのに、領収証をもらって、それを年に1回最寄りの税務署に持っていって確定申告して…って、最高にめんどくさくて嫌じゃない?僕もそう思うわけですよ。 で、結局僕が考えたのは、「寄付を求められるたびにいちいちその場で自分の『公共の利益のための支出の使途』に迷うのを止めよう」ということだ。 何事も計画が必要。まず、自分の収入と支出を考えて、自分が「1年間にこれだけなら自分のためじゃなくて、他人のために使っても(寄付しても)いいや」と思える金額を決める。人によってその決め方、基準の作り方は違うだろう。 前の年に得られた不労所得の一部を寄付しちゃえと考える株式投資家の方もいるだろうし、税控除の上限を超えた所得のかなりを寄付に回す敬虔な社会奉仕家もいらっしゃるに違いない。ちなみに僕の場合、天引き貯金している金額(つまり今すぐ使う必要のないお金)の5%程度を、社会に対するお礼として毎年寄付に回すことにしている。基準が思いつかない人は、年収の1%ぐらいを基準にしてみたらどうかな。1%なら、実際大した負担じゃないし、しかも確定申告して戻ってくる金額は、税務署に行く手間賃ぐらいにはなる。 次に、自分のお金をどのような「公共の利益」のために使ってもらいたいか考えよう。「日本政府は国際社会への貢献が過小だ」と思う方は、ユニセフや国境なき医師団などへどうぞ。「大きな災害の支援にはとにかく出す」というのなら、赤十字がやっぱり一番強いかな。もっと身近なところで地域や障害者のために尽くす活動を支援したいと考える人は、そういう団体を探すのもいいだろう。人によってもっと支援すべきと思う「公共の利益」は千差万別である。 僕自身は、日本でこうした「自立した個人の活動」を支える様々な仕組みや意識の変革がもっと行われる必要があると考えているから、寄付予算の80%を「この人は」と思う某政党の代議士の政治団体に寄付し、残りを小さくても広い視野で優れた活動をしているなと思える非営利組織に寄付することにしている。しかも普段はいちいち振り込むヒマがないので、ほとんどは自動引き落としでやっている。 寄付先の団体を決める際に、1つ注意してほしいことがある。自分が寄付したお金の使い道を、きちんと確認できる団体であるかどうかだ。 以前にはてなのポイント寄付の議論を見ていて非常に違和感を持ったのは、「ポイント送信のための手数料5%を、はてなが取るのはけしからん」という論調だ(中越地震、スマトラ地震とも、5%分ははてな側からの上乗せ寄付となるみたいだけれど)。どんな寄付も、それを告知し、集め、クレジットカードなら手数料を払い、領収証を発行し、またそういうことをする組織を運営するためには、当然のことながらお金がかかる。それは当たり前だが多かれ少なかれ寄付金の中から拠出するしかない。 例えば、日本赤十字社が2001年から2004年までに集めた米同時多発テロ被災者救援金の場合、集まった22億円あまりの資金のうち、2200万円が領収証発行、ポスター作成などの事務費に支出されている。日赤の場合は組織の運営費の大半が医療事業などで賄われている(のと、たぶん日本の寄付者の意向にも配慮していると思われる)ため非常に経費比率が少ないが、日本ユニセフ協会のFAQによれば、同協会は年間寄付収入の20〜25%が「国内のアドボカシー(政策提言)活動、広報活動、募金活動(カード頒布活動を含む)を実施するための事業費」に使われている。また、事務管理経費の比率も寄付金のうち4%程度かかっている。 個人的には、集まる寄付金の規模にもよるけれども、きちんと組織が継続的活動を行い「公共の利益」になるためには、寄付金の10〜20%程度は組織運営の経費に使われる“べき”だと思う。だからはてながポイントを集めて送るのに5%の手数料がかかったとして、それではてなを「不幸に乗じて金儲けした」って非難する感覚が、僕には分からない。だってもし株式会社はてなが今後経営危機に陥ったとしたら、僕らは多くの人々から手軽に寄付を集めて送るルートを1つ失うことになるんだよ。それでもいいのか?ま、非難してる連中はそれでもいいのだろうな。 話が逸れたが、このように寄付金の使途がきちんと開示されているかどうかも含めてきちんとチェックできる団体であることを確認して、寄付先を決めるべきだと思う。その際、「全額を○○に使いました!」とかヌケヌケと言い放つ団体は、別のところで寄付金集めのための費用を稼いでいる(つまり管理会計がぐちゃぐちゃである)か、でなければウソをついているんだと思った方が良い。 こうしたことをきちんと日頃から行っておけば、繁華街などで寄付を募っている人々に出会っても「僕は彼らに寄付をするのとは違う方法で、自分にできるだけの寄付を正しい方法でちゃんと行っている。だから彼らに今お金を寄付する必要はない」と、自分を説得でき、良心も痛まない。しかしいちいち理屈っぽいな、僕って(笑)。 ちなみに、寄付先進国の米国にはこれまた「寄付先探しのための情報サイト」とでも言うべき、すさまじいウェブサイトが存在する。このサイトは、米内国歳入庁(IRS)に登録されているあらゆるNPO(非営利組織)の収支、役員データなどの開示情報をDB化してストックしており、有料サービスではあるが自分の希望にふさわしい寄付先の団体を検索してくれる機能もある。ちなみに、既にスマトラ沖地震被害の寄付先一覧のページもできている。せいぜい両手で数えられるぐらいしか出てこない日本に比べて、123団体もある。すごい数だ。さすが多様性の国。 カネを稼ぐのは難しいが、世の中のために上手にカネを使うのはそれよりもっと難しいと僕は思う。日本でもきちんとした「寄付リテラシー」を持つ人が増えて、「公共のため」のお金の流れが変わっていけば、毎年政府の無駄遣いをあーだこーだあげつらう必要もなくなっていくと思うのだけどね。 追記:こちらのサイトに、内外の寄付募集NGOの効率性評価などが掲載されていた。これから寄付先を探したい方にはおすすめ。また、トラベルジャーナリストの寺田直子氏のサイトでは、オンライン募金できる団体の一覧、日米のマスメディアのウェブサイトの比較などが述べられている。 スマトラ沖地震は、今の時点で、12万人が死亡、この先も不明者が明らかになるにつれ、増えていくことが予想される。 日本に、寄付の文化っていうのはあるのかな。施しに付いて書かれていた本を、子供の頃に読んで妙に感銘を受けたのを思い出した。施す側はその事を忘れる。施された側もその... 続きを読む 街頭募金で集めたお金の使途が不明で、主催者はすでに自己破産しているという。募金をした人が出てきて、集団訴訟を起こしたいというようなことも言っていた。... 続きを読む 全くのご参考までですが、スマトラ地震・津波の寄付のやり方については、国務省も情報を整理して掲載しています。 今回の災害に関しては、米国にとっては本来他人事なのに、予想以上に積極的に取り組んでいて、正直驚かされます。もっとも、世界最大規模のODA予算に現れている通り、もともと人道援助に熱心な国ではあるんですよね。 寄付のときに感じる二つの胡散臭さ、相手団体と自分自身とに、真摯に向き合うことはそれ自体「くえない」やつといわれてしまうかもしれませんが、「寄付リテラシー」は必要だと常々思っておりました。 余談ですが、赤い羽根募金でずらっと並んで連呼する人たちの半分をどっかのバイトで働かせたらそっちのほうが生産性高いよなあと思いつつ、いつも通り過ぎてしまいます。 「生産者と仲買問屋を一緒くた」とおっしゃいますが、じゃあ日本赤十字や日本ユニセフは生産者なのか?それとも仲買問屋なのか?ということになります。日赤は両面ありますが、日本ユニセフは明らかに「仲買問屋」に特化してますね。しかも極めて優秀な。加えて、海外援助に関しては日赤も国際赤十字に資金を送る「問屋」の存在です。だからその比較はそれほど変ではないと思っています。 あと、適正なコストを計上するに値するだけの(情報システム投資も含めた)マーケティングを募金活動において行っているというのなら、それが実際の活動者だろうが仲介者だろうが適正な手数料を取るのが当たり前だろうと僕は思います。もちろん、究極の理想は「ダイレクト」ですが、世の中そこまで何もかもが効率的ではありませんし。 というわけで前半の前提の話でもあるのですが、個人的に思うのは、この分野(業界?)は特に日本においては効率化よりも市場の拡大をまず目指さないことにはお話にならないというのが現状です。そのためには、寄付を誰からどのようにして集めるのかというロジスティクスの進化こそが最大のポイントだというのが、僕がこの話題をあえて持ち出した「前提条件」です。 しかしはてなの問題点は、同じレベルの寄付受付を行っている組織(その他ネット組織や新聞やテレビ)の形態が つまりのところ、はてなはR30さんが重視されている国粋的な(理知的な)寄付市場拡大には寄与していないはずです。 赤十字とユニセフについては、まさにそこ(自前の募金活動にどこまでコストをかけているか)が経費比率の違いとして表れている、ということなのだと思いますよ。その意味で、日赤は非常に特殊ではありますね。その特殊さが、いろいろと問題でもあるわけですが(笑) というのは、全くその通りですね。はてなは、本質的に「コンビニのレジに置いてある“お釣りの寄付箱”」だと思っていました。僕もはてなで回答してたまって使い道のないポイントをまとめて寄付しただけだし、自分と同じ人がほとんどだろうと思っていたのですが、意外にこういう(わざわざポイントを買って寄付する)人もいるみたいですね。本来なら、そういう人たちには「はてなで現金をポイント化して寄付しても、領収証出ないし中間マージンも取られますよ〜」ぐらいなことを警告してあげるのが親切というものかも。 まあ、はてなに比べれば他の募金サイトの知名度なんかネット上ではゼロに等しいわけで、それを考えれば「はてなが何ら新しいわけではない」と言い切ってしまうのもどうかと。少なくとも僕は「日本の個人寄付の市場規模そのものはもう十分にある」とは思っていません。 はてなが5%の手数料分を上乗せするのを「企業としてCSRを果たすためのマッチングギフト」だと考えれば、それはそれで合理性があると思うのですが、だったら5%じゃなくてユーザーからの寄付と同じ額をマッチングしろよとか思うわけで。そのあたりも「常日頃からの計画性と議論」が必要でしょう。 |
[ 200] 寄付 - Wikipedia
[引用サイト] http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AF%84%E4%BB%98
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寄付(きふ)とは、金銭や財産などを公共事業、公益・福祉・宗教施設などへ無償で提供すること。災害の際に被災地・被災民へ送られる義捐金も寄付の一つである。経済において、寄付は福祉に係る費用の一部を担う重要な経済活動でもある。日本の法令や法律用語では、寄附と表記されることもある。また、宗教施設に寄付することを寄進と称することもある。 なお、法律用語では「寄付行為」は財団など団体の規約のこと、設立時に寄付された金品(基本財産)の運用の規約という意味から。 寄付は、寄付者が自らの意思に基づき金銭・財産を対象機関・施設へ無償で供与することで行われる。寄付の多くは、公共事業や公益機関、福祉機関、医療機関、教育機関、宗教施設などに対して行われている。これらの事業・機関・施設は、公共的・公益的な社会役割を担っているが、安定した収入源を持たず、そのため、寄付を主要な収入源の一つとしていることが多い。世界の多くの地域では、寄付が福祉の一部を担っており、社会の中で重要な地位を占めている。 寄付の方法にはいくつかある。寄付者が受益者へ直接寄付する方法もあるが、多くの場合、寄付者と受益者の間に仲介者(慈善団体など)が介在する。仲介者がいる場合、寄付金などが寄付者の意思どおりに行われるか、という問題が生じる。日本では、一般に寄付者と仲介者とに信託関係が発生すると考えられている。また、仲介者がいる場合にもう一つ留意すべきことは、寄付した金銭・財産の一部が仲介者の諸経費に充てられることである。寄付の全額が受益者へ渡されるとは限らない。 募金など公募で行われる寄付活動もある。日本の中央共同募金会が主宰する赤い羽根共同募金などがその一例である。この他、安価な商品を購入する方式の寄付もある。例として日本の結核予防会が実施する複十字シール運動などがある。 ネット上ではクリックするだけで一円を募金できる、クリック募金もある。ユーザーが1回クリックすると、ユーザーに代わりスポンサーが1円NGOやユニセフなどに寄付する。ユーザーの負担金は0円である。 以上のように寄付には様々な方法があるが、寄付者の自由意思に基づいて寄付することが重視されている。ただ、現実には自治会や町内会による集金などで事実上強制的に寄付させられることもあり、一部で問題になっている。2007年8月24日に大阪高裁は、各種寄付分を自治会費に上乗せして徴収することを決議した滋賀県甲賀市内の自治会に対し、寄付を強制するもので違法とする判決を下した。 寄付により運営される事業・機関・施設には種々あるが、大部分が公共的・公益的な社会目的を持った組織である。上記の中央共同募金会のように寄付それ自体を目的とした機関も存在する。寄付は福祉目的で行われることが多いが、学校や寺院・神社・教会などの運営を目的として寄付がなされることも少なくない。例えば、アメリカ合衆国では大学へ卒業生から多額の寄付が集まり、大学運営の主要財源となっている。また、タイ王国では民間の寄付によって小学校などが設立・運営されている事例が非常に多数ある。 この他、何らかの目的を達成するため、純粋に寄付だけによる運営を目指す団体もある。企業などから資金提供を受けた場合、自由な活動に支障が出ることも懸念されるため、目的に賛同する無名の人々からの寄付により自由な活動を担保しようとするものである。一部のフリーソフトウェアがこの方式を採用している。また、利用者が開発者へ寄付するライセンス形態をとるドネーションウェアというソフトウェアも存在する。 寄付は無償でなされるものであるから、被寄付側から見ると寄付は純粋な所得となる。通常、所得は課税の対象となるが、多くの国・地域では寄付活動を推奨するため、特定の団体・機関に対する寄付を非課税としたり課税控除の対象とする制度を設けている。特定の団体・機関を選定する基準は国・地域によって差異があるが、公共・公益目的を持った団体・機関が選ばれることが多い。こうした団体・機関への寄付を通じて脱税・租税回避がなされることを防ぐため、厳しい基準が設けられていることも多い。また、政治汚職を防止するため、多くの国・地域で政治家・政党への寄付(政治献金)に厳正な規制がなされている。日本では、政治家による寄付も禁止されている。 世界的に見ると寄付の社会への浸透度も国・地域によって大きく異なる。2000年頃の状況を見ると、アメリカでは年間2000億ドル(約20数兆円)を超える寄付が行われているが、日本では約1000億円程度にとどまっている。両国とも世帯ベースでは約70%の世帯が寄付を行っているが、世帯当たりアメリカは約17万円、日本は約3000円と寄付金額に大きな格差が見られる。こうした格差は、宗教観・社会意識・税制の違いに起因すると考えられている。アメリカの他、一部の欧米諸国やイスラム諸国、タイ王国など、敬虔な信徒の多い国・地域では社会活動に占める寄付の役割が非常に大きい。 天道思想 現在の中国がある地域において、収穫物は天より人が預かっているものであり、その預かり物を個人の意思で濫りに使うのは王でさえも許されないとの思想があった。 寄付の歴史は、宗教と非常に強いつながりを持っている。宗教活動それ自体は生産を伴わないため、宗教活動のための費用を何らかの方法で調達する必要がある。そのため、ほとんどの宗教では信徒から寄付が集められることとなった。多くの場合、こうした寄付は(例えば日本では寄進やお布施などと称されたが)、一義的には神や仏に対して捧げられるものと認識されていた。 また、ほとんどの宗教では、貧困者救済などのための寄付が奨励されている。これをイスラームではサダカ(自由喜捨)やザカート(制度喜捨)といい、仏教では喜捨という。キリスト教でも喜捨的な寄付が広く行われているが、これらの他の宗教にも、喜捨的な寄付は半ば普遍的に見られる。以上に見るとおり、近代以前の世界において、寄付は、非常に強い宗教的背景を持ちながら実施されていた。 近代に入り、欧米諸国で貧富差の拡大が顕著となっていくと、キリスト教精神に基づいて各種の慈善(チャリティー)が行われ、社会福祉の一翼を担うようになった。寄付も慈善の一環として実施され、福祉の一環に位置づけられるようになった。欧米諸国の中でも、アメリカ合衆国や連合王国などでは自助の精神が強く、政府に頼らず民間での寄付が盛行したが、北欧諸国などでは政府が福祉を担うという社会意識が比較的強く、民間の寄付は英米ほど盛んとはならなかった。福祉部門に係る負担を民間の寄付が担うか、政府が担うかという差異がここに現れている。なお、年末の募金活動「社会鍋」を行なう救世軍も、イギリス発祥のキリスト教会である。 奈良時代の頃から、利水・治水や橋・道路建設などの公共事業のため、仏教僧が民間から奉加(ほうが)と呼ばれる寄付を集める勧進が行われていた。中世は自力救済の時代であったが、民衆の間に頼母子講などの相互扶助が始まった。これは集団で金銭を貯蓄し貧困者などに順番で供与するという、寄付と同様の機能を持った相互扶助であった。近世に入っても相互扶助の伝統は継承された。 江戸期の大阪には、「きたのう貯めて、きれいに使う」という精神を美徳として持っていた。そのため、大阪の八百八橋は皆町人の寄付で作られたといわれる位である。 この「きたのう貯めて、きれいに使う」の言葉の意味は、一言で言えば、商売上の勘定と、公共への支出の勘定は別であるという意味である。つまり、商売上はきたないといわれる程に無駄を省いて、倹約に倹約を重ねて資本を蓄えるのが商人の美徳だが、しかし、商売から離れれば、人として、世のためや人のためにはできるだけの事をやるのが美徳であるとの価値観のことである。 この様な精神は明治以後にも続き、中ノ島公会堂の公共施設や美術館、小学校などが市民の寄付で作られた。しかし、第二次大戦で大阪が灰燼に帰し、商業の中心が東京へ移ると、このような精神も「お上中心」の消費都市である江戸文化の延長の東京では「下らぬ」ものとなり、日本全体には広がらなかった。 明治になり社会構造が大きく変わると、相互扶助に代わって寄付が盛んになっていった。第二次世界大戦以前は、皇室や財閥などによる寄付が寄付総額の30%にのぼるなど、福祉のかなりの部分を寄付が担っていたが、大戦後は福祉国家が理想とされるようになると、福祉は政府が責任を持つという意識が広がり、寄付の相対的地位は低下していった。それでも1995年の阪神・淡路大震災の際は、未曾有の災害状況に多数の義捐金が寄せられ(しかし、被災者個人に渡すことが出来ないとされたため、殆どがプールされたままで、役には立てられなかった)、その結果日本における寄付総額が前年の2倍に増加した。2000年頃からは、ゆるやかな連帯による社会の再構築が日本各地で模索され始めた。そうした運動を支えるNPOへの寄付が、現実的な寄付金の必要とされる人への交付という点からも注目されるようになっている。 「義捐」(ぎえん)は明治時代につくられた和製漢語である。「義」は、国家・社会など、公のために力を尽くすの意であり、「捐」は、すてる、すてさるの意である。すなわち「義捐金」は、公のためにすてる金を意味する。戦後の国語改革で「捐」が当用漢字に採用されなかったため、「義捐金」を「義援金」と書き換えるようになった。 この項目「寄付」は、経済関連の書きかけです。加筆、訂正などをして下さる協力者を求めています(ウィキポータル 経済学、ウィキプロジェクト 経済)。 |
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